こちらの街を歩いていて様々な人々のTATOOが気になった。
何故かと言えばそのTATOOが「漢字」だったからである。
最初に「あれっ?」とか思ったのは5th AveのGAPの店員さんの首の後ろの左側と右側に「努」と「喜」が入れられていたのを見た時だった。
彼ははっきりとは解らないが中南米系の方かな?と僕は思った。
この夜は「CHICAGO」をアンバサダー劇場で独り鑑賞であった。
TADAO KUREBAYASHI はオペラには足を運ぶそうだが「ミュージカル」はあまり行かないらしいのだ。
陽が落ちてから彼と待ち合わせ「取りあえず、少し引っ掛けてからの方が良くない?」とシアター近くのBARでスペインのスパークリングをショットで頂いた。
カウンターの内側でせわしく動いている女の子は「ポーランド系の人だろうね」とか言いながらオリーヴ・オイルが掛けられ、フレッシュ・バジルが散られたフレッシュモッツアレラとトマトを食べた。カプレーゼである。僕の好物の一つだ。
開演時間が迫って来たのでお店を出て劇場の前で彼とは別れた。
劇場の中に入って様々な人々の期待の為の柔らかい喧騒を抜けてクロークにバッグとダウンジャケットを預けた。
担当の彼女は20代の中程くらいで白いお顔がとても小さくて容姿はかなり細かった。
ロシア系の方かなと思いながら「日本から来たんだよ。映画が面白くて舞台も見たかったんだ」と通じたのかは解らないが英語で言ってみた。
彼女の「ENJOY!!」と言う言葉と供に彼女のニッコリが返って来た。
ボヴ・フォッシー監督作品の最初の出会いは「レニー・ブルース(74・米・ダスティン・ホフマン主演)」だ。
そして「オール・ザット・ジャズ(79・米・ロイ・シャイダ―主演)」でやられてしまったのである。もう、25,6年まえの話だ。
その当時活字を追えば監督はどうやら舞台の方の演出が本業らしく振付けも担当しているとの事だった。監督の没年は87年だ。
上演が終わってクロークに行くと何となく彼女は僕の事を覚えていたらしく「どうだったの?良かったでしょ?」みたいな事を言っていた気がする。僕は多分にテンションが上がっていて「グレイトとかブラボーとかハッピーとかワンダフルとかパーフェクトとか」言っていたと思う。
彼女が僕の事をはしゃぐ子供の様に見つめていた視線は、覚えている。
番号の入ったチケットを彼女に渡して彼女が振り返って奥に引っ込んだ時に彼女の短いTシャツとデニムのパンツの間が必要以上に空いているのに気が付いた。腰から背中にかけての剥き出しの白い肌が見えた。
もしかしたら僕が思っているより彼女は若いかもなぁーと思ったその時に「笑」と「愛」という漢字がデニムとTシャツの隙間の腰の辺りから見え隠れした。
ここもTATOOを入れて回りの人々の視線の届く場所なのだろう。
彼女が戻って来てジャケットとバッグを受け取りながら僕は「KANJI?」と呟いた。
彼女はこぼれ落ちそうな笑顔で彼女のお父さんのフレンドにJAPANESEがいてその人に聞いて入れたそうだ。
「あなたもJAPANESEだから意味は解るでしょ?」とも言っていた気がする。
僕が勝手に感じた事なのだけれども二文字ではバランスが悪そうだ。
縦のデザインで考えれば三文字か五文字のだろうな・・・と思った。
僕は僕が見る事の出来なかったこの二文字以外の漢字をこれまた勝手に想像した。
彼女と僕がしっかりと仲良くなれば ライブで拝見させて頂ける事があったかもしれない。
でも僕がそんな幸運に巡り合える事は有り得ないのだ。
現在でも残りの一文字と三文字をふと考える事がある。
「優」とか「福」とか「美」とか「礼」とか「義」とか
「良」とか「勇」とか「慈」とか「心」とか「情」とか・・・だ。
これはこれで僕の勘違いであの二文字だけだったかもしれないのだが・・・。
ボブ・フォッシ―という方の名前はTATTO以上に僕の内側に既に刻み込まれている様な気がする。
ブロード・ウェイのネオンが無駄ではなく美しく感じられた夜であった。




こういった場合の漢字は、彼女の名前を
漢字に置き換えたんじゃないかないか?と思うよ。
多分、ショアーンとかそういったところじゃないだろうか?
ぼくもずいぶん当て字で名前を漢字に置き換えたんだけれど
時折目にするやつで、笑っちゃうのもあります。
こんど記録しておくよ。
そうかぁ・・・。その線が在ったね。
彼女の名前はショアーンにとりあえず
しておきましょう。
当て字って物でもそれなりに
なかなか深い物もありそうだね。
その付けられた対象によるけれどもね。
記録期待してるよ。
「泣ける」ってのも在りそうだね。
楽しみです。