チャック・ベイル監督マイケル・サラザン主演のアメリカ映画である。
1977年か78年に僕が中1か中2の3学期の頃に新宿で観た作品だ。
昭和52、3年の頃であり、名画座ではなく、ロードショウであった。
当時は3枚同時に財布に納める事がめったに出来なかった伊藤博文と供に
所沢からの遠出のお出かけであった。
観終わってもこのロードショウの大金を「返せよ!」とはガキンチョの僕でも思わなかった。
充分に満足していたのだと思う。事実面白かったのだ。
現在となっては詳細の方は忘却の彼方ではあるのだが・・・。
スキニーのデニムという名称ではなくスリムというデザイン名の
エドウィンのGパンを履いて出掛けた事は覚えている。
その頃に母には内緒で父と僕がお互いがお互いを知らずに通いつめていた同じクラブがあった。
クラブというよりBARの要素の多いインテリアとお酒の種類の豊富なお店だった。
女性達も美しいというより「カッコ良いな」という方が僕にはしっくりしていた。
ある日店内で父とバッタリと会ってしまい双方とも知らんぷりで飲んでいた。
父はぺぺおじさんのドライシェリーから始めるの常だった。
僕は負けまいと英国王室御用達のゴードンのジンをチェリオ・オレンジで割って飲んでいた。
柱の陰に隠れ、おそるおそる父を伺った。
すると父はこちらの方も気にはしている様ではあるが腕時計と壁に掛かった時計を交互に見ていて
一人でソワソワしていた。
父のテーブルには女の子は居なかった。
この時の父の落ち着きの無さは13,4歳の僕でさえ「どぉ、どぉ」と注意したい程であった。
僕が行くと何時もテーブルに着いて頂けるお気に入りのお姉さんがいた。
日本人なのに何故か「デヴラ」というお名前だった。
父を伺ってから暫くして「あんまり濃くしないでね」と言って2杯目のグラスをデヴラに預けた時の事だった。
父の所にチャイナドレスの女の人が静かに腰を下ろした。
二人は満面の笑みでクリスタルらしきグラスを寄せて美しい金属音を低く響かせてから飲み始めた。
どうやらスペイサイドのグレンフィデイックのグリーンのボトルの方だ。
父はオン・ザ・ロックで、チャイナドレスの女性はストレートだ。
デヴラに「彼女は?」と聞くと「オードリー」と言うのが「源氏名」でデヴラの先輩
との事だった。
デヴラと同じくチャイニーズでもコリアンでもフィリピーナでもなくジャパニーズであった。
僕は「オードリー」と言うのは「四股名だろう」という言葉を飲み込んだ。
デヴラにあちらのテーブルの二人について007のショ-ン・コネリーになったつもりであれこれと聞き出そうと水を向けた。
ウオッカベースのマティー二をオーダーしなければいけない所ですかさずお願いした.
シェーカーを振っている40代の後半らしき男性のバーテンダーの方に
「ウオッカの御好みは?」と優しく聞かれた。
しかしながら化けの皮が剥がれ答える事が出来ずに僕はお地蔵さんになってしまった。
何時の間にかハーシーズのホットのミルクチョコレートがテーブルに置かれていた。
母の作るミロのホットも充分に美味しいのだがこちらの方のココアは魔法が掛かったような濃厚さで美味しかった。
水を向けたにも関わらずデヴラには話を上手く逸らされてカラオケに誘導された。
歌う曲をリクエストしてマイクを渡された時にデヴラに
「ここでは私の事とメニューにある言葉以外は口にしないで」
という言霊を頂戴して我が身がとろけてスライム状態になるのをテーブルにあった
お店の自慢の長瀞の天然氷をおでこになすりつけて食い止めた。
僕はデヴラが好きそうな丸山圭子さんの「どうぞこのまま」を歌った。
デヴラはどうやらこの曲で御機嫌が戻ったらしく僕は嬉しかった。
続けて今度は僕が好きなダウンタウン.・ブギウギ・バンドの「サクセス」をリクエストするとスピーカーからは
ジョー・山中さんの「人間の証明」のテーマのイントロが聴こえて来た。
マイクを持っていたのは「オードリー」だった。
先月のお正月に食べた「伊達巻き」を連想させるチャイナドレス姿のオードリーではあったのだけれども
声は逆でとてもメリハリが有り、耳にすんなりと入って来た。
チャイナドレスの色が黄色ではなくブラックで僕は一人ほっとしていた。
歌声を聴いてにわかファンとなり父の「ソワソワ」も納得出来た。
聞き惚れていた僕の隣に気が付くと父が一人座っていた。
デヴラはいつの間にかいなくなっていた。
「つまり・・・。まぁ・・・。お目当ての相手は違うな・・・」とだけ言い、
歌い終わったオードリーの所に拍手しながらツー・ステップで戻って行った。
僕はどっかで観たドラマの様に「母さんには内緒だぞ」と言い、聖徳太子の2,3人でも僕のポケットに
無理矢理押し込んでくれる絵柄を随分と遅れて想像した。
その間にオードリーがイルカさんの「雨の物語」を歌い終わり、
山口百恵さんの「プレイバック PartⅡ」も歌い終えていたのだった。
クラブからのくだりは全て大嘘である。
中学生はいくらチェリオで割ったとしてもお酒は飲んではいけない。
でも、この映画を観た頃にこんな曲達を聴いていたのは本当である。
先日、タランティーノ監督の「デス・プルーフ・in・グラインドハウス(07)」を
DVDで観た時にこの作品を思い出したのだ。